刃物のお話
2025年04月
2025.04.28
鍛造そのまま(打ちっぱなし)の色味について

鍛造そのまま製品の特に裏面の色味については使用する材質などによって色味がだいぶ変わります。
こちらの写真のようにほぼ全面真っ黒になる物は、比較的硬度の低い材料を使った場合に多い色味となります。
また、合金系の材質でも少し硬さを落として焼いてほしい、などの要望があった場合には黒っぽく仕上がる場合もあります。

一方でこのように鋼が付いている部分が灰色を帯びたように仕上がる場合もあります。
これは合金系の材質や、炭素鋼でも比較的硬度の上がる物を使用した場合、ほとんどこのように仕上がります。
また、材質にかかわらず光輝焼入油で焼いた場合であればもっと白っぽく、全体的に黒皮が剝げたような光沢ある仕上がりとなります。
2025.04.28
裏スキを裏打ちと表現する理由

叩き終えたナガサを例に出します。
まだ一切削っていない状態。
私は当金も使わないので槌跡がしっかり確認できます。

刃の中間くらいの位置。
しっかり窪んでいるのがわかります。

切っ先付近の様子。
こちらもしっかり窪んでいます。
これを叩く行為だけで造り出すのが、
「裏打ち」と言う技術です。
2025.04.27
秋田型刃物の「ウラ」の違い
秋田型刃物の典型的な表現として「裏スキはあるけど裏押しすることは考えていない」と言うことはかねてよりネット記事でも推測している方もおられましたし、私もかつてユーチューブにてそういった事について説明したこともございました。実際、大半はそれで正解といって問題ないと思います。
これが、なかなか他の地域の方からすると理解不能なことなんだそうですが、理由を知れば実に理にかなっている構造なんだとご理解いただけるはずです。
こちらの画像は「裏スキあり・裏押しなし」のナガサです。刃の裏面は他の地域の刃物よりだいぶ深くえぐれていて、いかにも裏押しできそうなのですが、わざと裏押しをしないで「裏小刃」を立てて使うもの。
裏から切刃の角度と同様の角度で幅1~2㎜の小刃を付けることで、片刃特有の食いつきはなるべく維持しつつ、刃先が裏小刃のおかげで微妙に鈍角になるのでボキボキと欠けるのを防ぐ効果を持ちます。
もう一つの効果は、片刃の鉈や山刀ですと、木の枝に密着させて小枝を払う場合、べったりと刃を枝に添えてスライドすると刃が食い込んでしまう場合がありますが、裏小刃があると、スライドする動きをしたときに刃先が食い込んでいくのを抑えて、滑らかに動かせるという利点があります。
そして、最も優れている点。言い方が悪いかもしれませんが、「適当に研いでも切れる」と言うことです。そもそも山仕事道具としてこうした刃物は発展してきたので、現地でサッと研ぎ直せる構造が好まれたのであって、丁寧な裏押しが必要な刃物は山の中で研ぐのは大変ですし、裏のない真っ平らな刃物はやはり切断能力で裏スキのある刃物に劣ります。その辺の良いとこ取りをしたのが「裏スキあり・裏押しなし」と言っていいでしょう。
以前、裏小刃付けて研ぎ減らしたら鋼が無くなるんじゃないの?と言われたことがありますが、それは違います。片刃の刃物と言うのは基本的に表側を研ぎ減らすのが鉄則です。逆に裏押しする刃物こそ、砥石の精度が裏の減り加減を左右し、最終的に押しすぎれば裏全体の鋼の厚さが減るので、研ぎが苦手な人が裏押しをする方がよっぽど鋼が無くなるリスクが高いと思います。
裏小刃と言うのはその名の通り角度をつけて「裏を取る」ということなので、仮に裏小刃を取りすぎていったん鋼が出なくなっても、表側をひたすら研ぎ減らせば元通りに鋼が出るのです。
鍛冶師によって若干解釈の違いもありますので、お買い求めの際はどうやって研ぐのか一度ご確認することをおすすめします。
かたや、こちらは「裏押し」しているタイプ。
秋田型刃物と言う物自体に厳密に「こうでなければ!」と言う定義はそもそもないので、鍛冶屋ごとの流派であったり、地域ごとの特色があって一概に一括りにはできません。
この写真は製品紹介にも挙げております「タテナガサ」と呼んでいる物ですが、これは「裏押し」する物、しないもの両方で製作しています。
これについては、元々私が仕事を勉強しに通っていた山一刃物のこの類のナガサが裏押しをしていることが所以ではありますが、なぜそうなのかと言う理由はあまりはっきりした見解はないようです。
ただ、私がこの類のナガサを裏押ししていますのは、やはり形が柳刃包丁のように尖がっているため、釣りやアウトドアで魚を捌いたり、狩猟者の場合でもこれで解体を行ったりと比較的普通のナガサよりも鋭い切れ味を重視する傾向があるので、しっかりと精度よく片刃の和包丁のような刃付けができるように仕上げている物です。同じタテナガサでも7寸以上の大ぶりな物については、用途的に枝や藪を払ったり止め差しに使うことが多いので通常品と同じく裏押ししないタイプがメインです。用途によって研ぎ方を変えているという具合です。
実際のところ、山仕事などでハードに使う場合はさほど研ぎの精度は必要ないというお客様が多いですから、研ぎ方がシビアでない物のほうが扱いやすいようです。
そして、ここまで説明した研ぎ方の例外として、当工場の看板商品「鍛造そのままシリーズ」については、いかなる形状であっても「裏押し」して納品しています。このシリーズは表も裏も火造りが終わってから一切研削加工をしないのが売りですが、決してつるっとした肌ではないのでそのまま切刃を付けていきますと若干刃先がガタガタになってしまいます。刃が付く部分の厚い酸化被膜(黒皮)を除去する必要があるので裏押しをして、刃付けに必要な部分だけ平面を出すことで刃筋も通ってしっかりと刃付けができます。
鍛造そのままシリーズは、削って裏面を仕上げなくても精度よく裏押しができるように槌で叩いて裏スキを形成してあります。当金も使っていないので微妙に槌の凹凸が確認できることも特徴の一つ。正真正銘の打刃物と確信しております。
実は私は削って磨くのが苦手な人です。削らないで作らせていただいた方が製品の仕上がりは良いと思っています。
誰でも得意不得意と言うのはあります。悪しからず。
2025.04.25
剪定鋏の形状について
私の作る鋏は「津軽型剪定鋏」とは呼べません。
長々しい文章なので、読みにくくて申し訳ございません。
頭が傾斜したこの形状の鋏は津軽剪定鋏の元祖である薬師堂国定(六角一、国信)の三代目三国定吉氏が昭和54~56年の間に青森県内のりんご生産者と試行錯誤の末に考案したものであり、今現在インターネット等で流通しているピストル型鋏や津軽型の大半が三国氏をはじめとする津軽剪定鋏をモデルとして金型で量産しているものが多く、中には「津軽」を銘打っている品物も拝見されます。製品の優秀性は評価されているにせよ、道徳的にはどうなんだろうかと思うところは正直あります。
今現在、日本国内でこの類の剪定鋏を手打製造していますのは、薬師堂系の鍛冶屋である青森の清水一国(田澤氏)と六角寿(三国氏)、お隣の大館市にあります丸久(佐々木氏)、そして私を含む4軒くらいです。
青森県の剪定鋏鍛冶で屋号や刻印銘に「国」や「六角」が付いている鍛冶屋さんはすべて薬師堂国定をルーツとする鍛冶屋で、「国藤」、「国辰」、「国寛堂」などもかつて存在した同系列の鍛冶屋です。
それ以外に、薬師堂系列に属さない鍛冶屋として有名だったのが「独狐」で知られる今秀尚氏、「茂光」で知られる野崎利雄氏などであり、独狐の鋏は現在流通している「天命」や「飛龍」のモデルであることは鋏に詳しい方ならご存じだと思いますが、刃を擦り合わせなくても枝は切れるということを確立したのも独狐であり、その独自の工夫は今現在の他社製品にも応用され、全国に根強いファンが居られます。
茂光は職人を雇って量産体制を可能にした鍛冶屋で、「鉄元」などの様々な問屋銘で全国にかなりの数が流通していた様子です。「じょっぱり」「情張」などと言われる形状は茂光がルーツと言われています。
実際のところ、金型で作ったから何か悪いということは一切ないのです。それはそれで世の中の需要にお応えするためには必要な製品だと思っていますし、違った難しさがある仕事だと思います。私たちには万人にお届けするだけの生産能力がないので何も文句をつける立場ではありません。三国定吉氏も生前、いくら真似したって同じ鋏にはならない。真似したくなるほど良い鋏だということだ。などとお客さんに言い残していたようです。心が広いというか、職人の鑑だと思います。
当工場は、津軽剪定鋏の製造技術を直接学んで鋏を製作しているわけではなく、津軽剪定鋏の伝統を継いでいるわけでもありません。あくまでも使用者と鍛冶屋の関係性の中で、必要とされるものを作るべく独学でその製作技術を身に着けてきました。よって自分の製品に「津軽」という言葉を使うことは失礼であるので、「石野印剪定鋏」「傾斜型」と名付けて紹介している次第です。
時折、最近薬師堂の鋏に似てきたんじゃないか?と言われます。実は私の作ってきた鋏の形状と言うのは私自身が考案したものはほとんどなく、3年にわたる試作の期間で協力していただいた数多くの果樹園さんがご自分の欲しい形をスケッチして毎回渡してくれていました。それを実際に形にするという作業をこれまで繰り返した結果が今の形に落ち着いている所以です。よって、それだけ薬師堂をはじめとする津軽剪定鋏のファンが多いということの表れなのだと思っております。


2025.04.25
鋏のネジについて
今も昔も、津軽剪定鋏とそれを参考にした製品は基本的に「左一本ネジ」で刃が組み合わせてあります。
当工場の鋏も過去には左一本ネジを使っていましたが、現在製造しておりますのはすべて「右ネジ裏ナット付」です。
これがなぜそうなったのかということですが、
今現在営業している製造元は今のところ大丈夫だとして、かつて存在した津軽の鋏鍛冶の場合、ネジも作者オリジナルの左ネジであるがために代用が効かないのが唯一の弱点だと、愛用者の方々から指摘を受けました。同じ作者でも一丁一丁に合わせて微妙に違う、しかも途中から必ず曲がっているネジなので、完璧に合うネジは本人でなければ作れないというのが使っている人にすれば大問題で、実際にシールテープを巻いたりして無理やり使い続けている人もかなり多いです。
作者がいなくなると研ぎ直しは頑張れば自分でもやれるとしてネジの交換は難しいのです。また、手作り左ネジは万力にネジを固定して鋏を回す前提で作られているので下手にスパナで回すと頭が舐めてしまう場合もあります。
一度でも分解したことがあればお気づきの方も多いと思いますが、薬師堂系の鋏のほとんどは途中までネジを締めこんでからネジを叩き曲げることで独特な擦り合わせを調整しています。ネジの頭に必ずと言っていいほど金槌で叩いた跡があるはずです。ネジの締め込みの位置が1/4回転でもズレると鋏として機能しなくなる場合があるので不必要にネジを回さないことをおすすめします。
そういうことを踏まえて、仮に私が仕事をできなくなった後の時代でも、使う人が自分でネジを交換できる鋏にしよう。という考えから当工場製の鋏はすべて右ネジ裏ナット付になったわけです。頭もシースに出し入れしやすいよう丸く削ってはいますがしっかりとスパナが掛けられるので安心して回すことができます。
納品時についているネジは、市販されている「半ネジ」ボルトのネジが無いただの棒の部分を使用して鋏の厚さに合うようにダイスで加工していますので、切刃の穴と触れている部分にはネジが切ってありません。
切り落としたネジの部分も無駄にしないで、ナガサのツバ付き口金の材料として生まれ変わります。
私が現役で仕事をしているうちは合うネジを加工して修理しますが、もしもの時には普通のM8ボルトを代わりに組付けていただければ特段問題なく使用できるよう鋏自体も工夫して作ってあります。
(代用ネジでオネジが穴に擦れても、穴より先にネジが減るよう穴周りを少し硬くしてあるため心配いりません。)
※津軽の鋏(青森県外の製造品は除く)でメネジが生きている場合に限り、当工場では左ネジの作り直しを承っております。
2025.04.25
関刃物鍛冶工場が剪定鋏を作るようになった経緯

(⇧最も初期のころに作った鋏)
当工場では、津軽剪定鋏を長年愛用してきた果樹園の方から突然言われた、「あんた鋏作ってみる気ないか?」の一言で鋏造りがスタートしました。その当時、私は鋏の修理こそ承っていたものの、一から鋏を作ってお客様にお渡しした経験はなく、ましてや平べったい刃物を専門的に作っていたことから果たして上手いこと作れるかどうか、心底悩みながら、試しにやってみますとお答えしました。
この頃はちょうど日本でコロナウイルスが流行り始めたあたりで、外出してはいけない風潮だったからか私のところにも遠方のお客さんはほとんど来なくなり、その後一時のレジャーブームがありましたが、新規参入のアウトドア業者が多く乱立して私のような宣伝が下手な鍛冶屋は陰に隠れてなかなか買ってもらえないようになっていました。そんなところに舞い込んだ話でした。
鋏っぽい格好はしているけど非常に格好の悪い出来栄えで、ネジもただのボルトをそのまま突っ込んだだけの今になって振り返ればお粗末なものでしたが、なぜかこの初期の鋏は故障もなく普通に使えてしまったことが後々苦戦を強いられる原因になります。
鋏のことを勉強していくうちに、ネジも市販の六角ボルトの半ネジの部分を使って左ネジを作ってみたり、すり合わせを意識しすぎておかしくなったり、とにかく苦戦した記憶しかありません。
出来上がったものを少し修理するのと、まったくゼロの状態から作るのとでは次元が違うと言いましょうか、鋏は鋏鍛冶という専門職がある意味がこのとき理解できましたが、ここで諦めていたら今どうなっていたかわかりません。

(⇧故障に悩まされていた時期の鋏)
とある日、別の果樹園さんから是非鋏を打ってほしいと依頼されました。「市販品でも全然いいんだけど、やっぱり本当の手打を使いたい。できれば地元の鍛冶屋で!」と切実な依頼を受け、また自分流の鋏を作ってお納めしました。しばらくして、地元のりんご畑に剪定を見に来ないか?と言うことで早速お邪魔したところ、たくさんの果樹農家さんがお集まりになっており、私の鋏に対して忖度のないご意見を直接伺って、青森の方から見本として薬師堂国定の鋏を2丁お借りしました。これが私の鋏造りが加速していくきっかけになりました。
当時、私は普通の刃物の製法を応用して地金に鋼を接合した鋼付構造で焼き入れなども一般に刃物として使うのに丁度よい塩梅でやっていました。でも現実は全く違っていました。
切れ味だけはすこぶる良い、でも数日でポロポロ欠けて使い物にならない、これが当時の鋏です。2枚の別な刃が擦れ合う鋏では、普通の刃物のやり方は通用しないということ。そして何より重い。完全にスランプに陥っていました。そこで見本にお借りした薬師堂を握ってみますと非常に軽いけれど剛性感があって、手触りや握り心地の良さ、枝に食らいつく感覚に私は身震いしてしまいました。
その薬師堂国定の鋏をお借りしてから、使える鋏を作れるまでに3年の時間を費やしました。試作をしては果樹園さんへお願いしてテストをしてもらう。2~3日すると無残に壊れて帰ってくる。最初の1年くらいはその繰り返しでしたが次第に噂はどんどん広がって、まだちゃんとした製品になっていないのに色々なところから注文が入るようになり、しかも皆さん薬師堂国定や独狐を愛用している人ばかりで、本当に大変な仕事に足を突っ込んだなと思いました。

(⇧全鋼打ちっぱなし「石野」第2号)
続けていると良い出会いがあるもので、知っている農家さん経由ですでに私の下手な鋏を持っておられる方と知り合います。薬師堂も含め大変鋏について研究されている方で、私が知らなかった鋏の知識をたくさん授けてくださいました。また、ほかの果樹園さんでも「これ見て頑張って鋏を作ってくれるなら!」と言って大切に保管していた鋏を見本に提供してくれる方がどんどん増えていました。
その皆さんと出会ってから、私は全鋼で鋏造りを開始します。とにかく刃こぼれを軽減させることに重点を置いて材料や焼き入れも鋏専用の方法を研究しました。全身が鋼になったことで軽量化しても頑丈になり、この頃に左ネジでの組付けもやめて右ネジ裏ナット付に変更しています。色々とお付き合いをしているうちに、歴史ある津軽の鋏にも左ネジが緩くなるという弱点が見えてきて、しかも作者がいないとそのネジすら修理困難だという問題があったからでした。「鋏というものは左ネジなんだ!!」とお𠮟りを受けることもありましたが、今では100%右ネジで製作しております。
私は作った品物の表に「石野」の銘を打ちますが、鋏には打っていませんでした。お金を頂戴する自信がまだなかったからです。試作開始から3年が経過するころ、やっと思い通りに作れるようになってきて、「完全打ちっぱなし」の鋏も打ち始めました。「この鋏は壊れないし使いやすい」と評価をいただき、最初に薬師堂を貸してくれた方からも「これなら売っても大丈夫」と後押しをいただき、足掛け3年でようやく「石野」と銘打った鋏を販売し始めます。
まだまだ納得できてない部分もありますが、一生勉強の積み重ねなのだと思っております。
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