刃物のお話

2025.04.25

剪定鋏の形状について

私の作る鋏は「津軽型剪定鋏」とは呼べません。

長々しい文章なので、読みにくくて申し訳ございません。

頭が傾斜したこの形状の鋏は津軽剪定鋏の元祖である薬師堂国定(六角一、国信)の三代目三国定吉氏が昭和54~56年の間に青森県内のりんご生産者と試行錯誤の末に考案したものであり、今現在インターネット等で流通しているピストル型鋏や津軽型の大半が三国氏をはじめとする津軽剪定鋏をモデルとして金型で量産しているものが多く、中には「津軽」を銘打っている品物も拝見されます。製品の優秀性は評価されているにせよ、道徳的にはどうなんだろうかと思うところは正直あります。

今現在、日本国内でこの類の剪定鋏を手打製造していますのは、薬師堂系の鍛冶屋である青森の清水一国(田澤氏)と六角寿(三国氏)、お隣の大館市にあります丸久(佐々木氏)、そして私を含む4軒くらいです。

青森県の剪定鋏鍛冶で屋号や刻印銘に「国」や「六角」が付いている鍛冶屋さんはすべて薬師堂国定をルーツとする鍛冶屋で、「国藤」、「国辰」、「国寛堂」などもかつて存在した同系列の鍛冶屋です。

それ以外に、薬師堂系列に属さない鍛冶屋として有名だったのが「独狐」で知られる今秀尚氏、「茂光」で知られる野崎利雄氏などであり、独狐の鋏は現在流通している「天命」や「飛龍」のモデルであることは鋏に詳しい方ならご存じだと思いますが、刃を擦り合わせなくても枝は切れるということを確立したのも独狐であり、その独自の工夫は今現在の他社製品にも応用され、全国に根強いファンが居られます。

茂光は職人を雇って量産体制を可能にした鍛冶屋で、「鉄元」などの様々な問屋銘で全国にかなりの数が流通していた様子です。「じょっぱり」「情張」などと言われる形状は茂光がルーツと言われています。

実際のところ、金型で作ったから何か悪いということは一切ないのです。それはそれで世の中の需要にお応えするためには必要な製品だと思っていますし、違った難しさがある仕事だと思います。私たちには万人にお届けするだけの生産能力がないので何も文句をつける立場ではありません。三国定吉氏も生前、いくら真似したって同じ鋏にはならない。真似したくなるほど良い鋏だということだ。などとお客さんに言い残していたようです。心が広いというか、職人の鑑だと思います。

当工場は、津軽剪定鋏の製造技術を直接学んで鋏を製作しているわけではなく、津軽剪定鋏の伝統を継いでいるわけでもありません。あくまでも使用者と鍛冶屋の関係性の中で、必要とされるものを作るべく独学でその製作技術を身に着けてきました。よって自分の製品に「津軽」という言葉を使うことは失礼であるので、「石野印剪定鋏」「傾斜型」と名付けて紹介している次第です。

時折、最近薬師堂の鋏に似てきたんじゃないか?と言われます。実は私の作ってきた鋏の形状と言うのは私自身が考案したものはほとんどなく、3年にわたる試作の期間で協力していただいた数多くの果樹園さんがご自分の欲しい形をスケッチして毎回渡してくれていました。それを実際に形にするという作業をこれまで繰り返した結果が今の形に落ち着いている所以です。よって、それだけ薬師堂をはじめとする津軽剪定鋏のファンが多いということの表れなのだと思っております。

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